雪/武蔵野線/「どうしてだれもが茶道の家元になれないのでしょうか」
今日はとっても楽しみにしていた外出予定があったのですが

これだもんね。
「足元が悪ければ無理しなくていいよ!」というお言葉に甘え、日延べしてもらったら、
関東最弱の名をほしいままにしている(らしい)武蔵野線は、「線路に竹が倒れかかって」案の定とまりました。
中央線「武蔵野線がやられたようだな・・・」 京浜東北線「そのようだな・・・」 埼京線「だが奴はJR東日本の中でも最弱・・・」 湘南新宿線「雪ごときで停まるとは通勤電車の恥さらしよ」 東北本線(岩手県)「雪くらいでガタガタ言うなよ」(twitterより)
「武蔵野線」で激しく更新されるtwitterは、新三郷ららぽーとの開店が11時になったとか、授業はあるのかテストはあるのか、竹伐採隊が交通渋滞で到着できない、といった情報がとびかい、こんなおもしろい読み物はありません。(自分が乗っているときは、あーもうどうしようと気が気じゃなかったけど)。
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先日、調べてきた本にあった「お茶の問答」。
ときどき、「なんで?」と訊かれて、「いや、なりたければ一派興せばいいんじゃないの」と答えてましたが、
明瞭な問答です。
29 どうしてだれもが茶道の家元になれないのでしょうか
茶道における家元は、千利休居士、あるいはその門下であり、裏千家の現在の家元、鵬雲斎宗匠は、利休居士から数えて第十五代目にあたる直系の子孫です。こうした由緒ある家元には、茶道の創成期以来の貴重な文献や、茶道、道具類などのいわゆる文化的資産が豊富に伝わっています。これらは一子相伝の家元制度がなかったら、おそらく散逸してしまったでしょう。またそうした文献や美術品に裏打ちされた茶道精神や技術の正しい継承も、家元によって伝えられるのがもっとも誤りの少ない方法です。
文化的遺産を継承していない人をだれも家元とは認めてくれないでしょう。(p219)●出典 「明日への茶道入門 (1977年)
」千宗室編/淡交社/S52 4/28 発行/執筆担当・塩月弥栄子 三田富子
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