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2006年3月21日 (火)

清雅会

 お茶仲間で、月に一度、お茶事と称して集まっている。

 この集まり、茶歴も、年齢も、職業も、ついている先生も、ばらばら。
 ただお茶(流派は裏千家)を習っているというだけ。
 母の知り合いとか、高校の先輩後輩とか、ご近所とか。
 なんとも不思議な縁であるが、「お茶をやっている」というだけでつながっていけるのが、お茶の醍醐味かもしれない。

 お茶事は、「懐石(お酒つき)、濃茶、薄茶、炭」とお茶のフルコースであるが、稽古で、正式なお茶事をすることはあまりない。 (わたしのように、年に3~4回お茶事をしていただける、というところも少ないようだ)。

 しかーし。

 いままで勉強してきた薄茶、濃茶、炭手前なども茶事の一部分であって、茶事を勉強しなければ、 個々の点前もほんとうには理解できませんし、茶の湯そのものを知ることも、できないといってもよいでしょう。
 (出典:「裏千家茶の湯」鈴木宗保、鈴木宗幹著。主婦の友発行、角川書店発売。なんと平成12年時点で驚異の81刷

 ・・・なんてのを読んじゃうと、やってみたいじゃーないですか。ねぇ。

 そこで、「清雅会」と名付けたRさんが、ご自宅(楽庵)を開放して、お手製の素晴らしいごちそうと、 想像力豊かな取り合わせの数々でもてなしてくださるのです。
 お酒やお菓子、お茶を手に集った仲間は、その日によって、亭主をしたり、正客をしたり。

 茶事には、これまで申しました、茶の湯の根本である「和敬静寂」の精神がいきいきと流れて、客と亭主の気持ちが一致して、 なごやかなふんいきが生まれ、そこに、人がおたがいに交際する喜びが生まれますし、さらに、庭(露地)や茶席や、待合、寄付などと、 そこに出されるいろいろな道具の働きが調和し、統一されて、美しい交響楽がかなでられ、人も物も一つになった、 すばらしい境地が創造されるのです。(出典:前述)

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