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2008年10月13日 (月)

きもの文化検定2008・予想問題その12

◆問◆
 三世紀中頃、中国の揚子江南部にあった国の衣服が日本に伝えられたことから、日本のきものは、漢服に対し、「1」と呼ばれている。
 その後、中国の北と南の衣服の折衷様式が、古代日本の衣服の基本形となっていく。北の様式は、襟ぐりを詰めた形の「2」、南の様式は、 胸前で襟を打ち合わせる形の「3」といい、下衣に南の「3」を、その上に北の威厳を示した「2」と袴を着重ねていた。この折衷様式は、 平安時代の公家貴族に引き継がれ、いわゆる「4」装束が完成されていく。

◆問◆
 鎌倉時代以降、形式的な上衣が省略されるようになり、それまで下衣だった小袖に、次第に表着としての模様染が施されるようになる。 室町時代後期、下剋上の時代を反映して、武士も「1」等と称した華やかな晴着の胴服や小袖を身につけるようになる。 胴服や打掛などを羽織ったときに、首回りや肩、裾からみえる模様を「2」小袖(「2」模様)と呼ぶ。 下衣だった小袖があらゆる階級を通じて外衣化した桃山時代頃は、小袖の上に「3」と称した単衣を頭上に担ぐのが外出時の姿であった。

◆問◆
 江戸時代は、太平の世を謳歌して大胆な大柄がはやり、「1」と称される美意識が発達して、後身を主とした派手な衣装様式が完成していく。 それにつれ、小袖の袖や「2」も長くなっていった。

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◆10/12の答◆
 1・赤系 2・茶系 3・紫系 4・黄系 5・茶系 6・緑系 7・青系 8・緑系 (公式教本1 p116~p117/ 公式教本2 p106~p116)

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