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2012年1月24日 (火)

雪/武蔵野線/「どうしてだれもが茶道の家元になれないのでしょうか」

 今日はとっても楽しみにしていた外出予定があったのですが

 きれかー

 これだもんね。

 「足元が悪ければ無理しなくていいよ!」というお言葉に甘え、日延べしてもらったら、

 関東最弱の名をほしいままにしている(らしい)武蔵野線は、「線路に竹が倒れかかって」案の定とまりました。

中央線「武蔵野線がやられたようだな・・・」 京浜東北線「そのようだな・・・」 埼京線「だが奴はJR東日本の中でも最弱・・・」 湘南新宿線「雪ごときで停まるとは通勤電車の恥さらしよ」 東北本線(岩手県)「雪くらいでガタガタ言うなよ」(twitterより)

 「武蔵野線」で激しく更新されるtwitterは、新三郷ららぽーとの開店が11時になったとか、授業はあるのかテストはあるのか、竹伐採隊が交通渋滞で到着できない、といった情報がとびかい、こんなおもしろい読み物はありません。(自分が乗っているときは、あーもうどうしようと気が気じゃなかったけど)。

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 先日、調べてきた本にあった「お茶の問答」。
 ときどき、「なんで?」と訊かれて、「いや、なりたければ一派興せばいいんじゃないの」と答えてましたが、
 明瞭な問答です。

 29 どうしてだれもが茶道の家元になれないのでしょうか

 茶道における家元は、千利休居士、あるいはその門下であり、裏千家の現在の家元、鵬雲斎宗匠は、利休居士から数えて第十五代目にあたる直系の子孫です。こうした由緒ある家元には、茶道の創成期以来の貴重な文献や、茶道、道具類などのいわゆる文化的資産が豊富に伝わっています。これらは一子相伝の家元制度がなかったら、おそらく散逸してしまったでしょう。またそうした文献や美術品に裏打ちされた茶道精神や技術の正しい継承も、家元によって伝えられるのがもっとも誤りの少ない方法です。
 文化的遺産を継承していない人をだれも家元とは認めてくれないでしょう。(p219)

●出典 「明日への茶道入門 (1977年)」千宗室編/淡交社/S52 4/28 発行/執筆担当・塩月弥栄子 三田富子

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2012年1月22日 (日)

パッチ

 みぞれの日、
 きものでぬくぬくと歩いていたら、
 (足まであったかいねえ、きものは)
 中古きもの屋を発見

 予定の時間までだいぶ余裕があったのでのぞいてみたら、

 3,670円

 「ゆかたパッチ」。

 なんと。
 パッチっすよ、パッチ。

 パッチと言えば、「カーネーション」の糸ちゃんが最初に就職したところじゃーないの。

 柴又で買った婦人用すててこが、静電気も少なく(化繊の裾よけは、とにかく冬場の静電気がすごい)、なかなかいい調子で、もう1枚買おうーと思っていたところ。
 こりゃ、買わねば。くどいようだけど、パッチよ、パッチ。

 3,000円になりました

 袋がやぶれてたので、だいぶ安くしてくれました。

 お店の人によると「もう生産中止だと思います」。
 「夏物ですしねえ、似たようなのも出てるようだし」。

 ほー。(便利なんだけどなあ)。

 で、「カーネーション」。
 twitterで「#周防祭」とか「#すいとっと」タグができて、なんだかにぎやかなことになっとります。
 明日も楽しみ楽しみ。

* 「パッチ」とは
 「パッチ」とは、足首丈まであるズボン下のこと。一説によると、韓国語の「パジ(=ズボンの意味)」がその語源だとか。江戸時代に一般に普及した「股引(ももひき)」の一種とされるパッチは、足にぴったりフィットする履き心地のよさから、職人の作業着や一般人の旅行用としても重宝された。
 また、江戸と大阪では呼び方に違いがあるようで、江戸ではチリメン絹でできたものを「パッチ」、木綿でできたものを「股引」と呼んだのに比べ、大阪では素材に関わらず、足首まである丈の長いものを「パッチ」、膝下丈の短いものを「股引」と呼んだと言われる。関西ではパッチの言い回しが根強く、現代でも長ズボン下をパッチと呼ぶ人も多い。さらに岸和田では「バッチ」と濁って発音することもあるが、全国の視聴者にわかりやすいようにドラマでは一般的な呼称である「パッチ」という発音にしている。
 パッチは「岸和田だんじり祭」でも欠かせないもので、法被の下に白や黒のパッチ姿で駆ける男たちが何とも勇ましく、「カーネーション」では泰蔵兄ちゃんの勇姿でもおなじみ。
 (NHK公式ホームページ 「カーネーション豆知識」より引用)

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2012年1月16日 (月)

草人木・その45(茶道具・18)/上田宗箇展

◆問◆
 次の道具を何というか。
 戸外に担ぎ出してお茶が点てられるよう、釜や風炉、水指など一式をおさめたもの。慶長4年(1599年)に利休を追慕するため、吉野の花見で古田織部が使ったことが有名。

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 まず、出典↓

 生誕450年記念 上田宗箇 武将茶人の世界展

 年末にいただいた、上田宗箇展。
 どうも先週半ばから不調で(咳もなにもなく、ただただだるくて、熱が下がらず。同じ症状の人が内にも外にもいるので、流行なんでしょう)、ぐずぐず寝てましたが、東京の最終日とあっては、行かねば。

 12時過ぎに着いたら、とにかく、人がいっぱい。
 毎度毎度思うのですが・・・展覧会は、会期初めに行かないとねえ。

 本阿弥光悦の「村雲」と長次郎の「面影」が、最後のほうにひっそり展示されていて、まさに僥倖。
 上田宗箇作のものはそんなに多くなく(織部のものとか、その時代の唐津とか美濃とか)、それでも、ざくっと潔い篦目や削り痕が印象的でした。

 それよりなにより印象的だったのは、
 こーーーんなに、お茶に興味のあるお客さんがいるのに、茶道具の取り扱いが皆無といっていい、この不思議。松屋も、三越も。

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◆答◆
 荷い茶屋(にないちゃや)

* 展示されていたものが、「現存最古といわれている」そうです。

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2012年1月 8日 (日)

初釜の合間の晴れの/くのや閉店

 1日はおせちを食べて 飲んでぐだぐだぐだ過ごす
 2日に初詣へ行き 3日は宴会三昧
 4日に熱出して寝て 5日もだらだら寝てて
 6日はきものを出して 7日は初釜

 そんな年始の1週間。
 ついこの前までおせちを作ってたはずが、もう7日で、七草粥を食べてる。

 昨日は社中の初釜、明日もお呼ばれの初釜。
 片付け、持ち物の確認、巻紙の練習。
 初釜の楽しい記憶を反芻したり、ついでに「員茶之式」の復習をしたり、

 掃除もしなくちゃ。

 と、またもだらだらしているうち、
 なんとかいう通信機器は、やっぱり秋葉原が安いということで、
 家人と出かけることに。

 「お願いがあります」
 「なに」
 「銀座に寄ってーーー」
 「なんで」
 「くのや、っていうお店が閉店なんだって。足袋が安いんだって。足袋がもうないの!」
 「それは、お誕生日ってこと?」
 「いや、お誕生日月間の一環ってこと」
 「えーーーっ」

 ・・・勝ちました。

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 いつも草履の「ぜん屋」で買っていた、「くのや」の足袋。
 店舗に行くことはほとんどなかったけど、まさか、閉店とは。
 (Tさん、情報ありがとうございました!!)

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 「銀座くのや」
 天保8年(1837年)開業・和装小物の有名店。
 「感謝市」の横に小さく、「店じまい!」と書いてありました。

 目当ては、10足買うと半額になる足袋。
 麻の足袋は大きめのサイズしか残ってませんでしたが、
 キャラコの足袋は10足確保。

 「今月いっぱいで閉店なんですって?」
 「そうなんです」
 「もうこの足袋、買えなくなっちゃいますか?」
 「はい」

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 ま、しばらくはなんとかなるか。

 ホームページにも(Facebookにもtwitterにも)記載はないし、
 Facebookページは去年の12月(つまりつい最近)に開設されてるし、
 どうなるのかよくわかりませんが、通信販売でいいから、足袋売ってくれるといいなあ。 

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2012年1月 1日 (日)

今年も変わらず

 今年のおせちは・・・

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 六方むきがちょっとできるようになったとか、
 さぼっていた人参の飾り切りをちゃんとやったとか、
 細かいところはいろいろ違うけど、
 ほぼ去年と同じ。

 なぜなら、
 どう入れたっけ、とわからなくなり、
 
 去年のブログを見て盛りつけたから。
 さすが、外部記録装置。便利。

 そんなわけで、
 今年も、作業したり調べたり記録したりしていきます。

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