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2014年3月28日 (金)

ひなまつり特別期間・そろそろおしまい/早蕨

 3月3日過ぎるともうおひなさまはおしまい、で、
 なにごとも先取りがよしとされるんだけど、
 どんどん日が延びて、時々寒くて、だんだん温かくて、
 桜並木が着々と色づくのをながめながら、
 ひなまつり続行中。(4月2日まで、じわじわやるもんね)。

 まあそうは言っても、あんまり出しておくと日に焼けるので、おひなさまを仕舞いました。

 おひなさまを飾っていたあと

 午前中の用事が伸びに伸びて、ぎりぎり間に合った、
 西武春日部店7階ギャラリーで開催中の「春芸展」。
 (添釜は3月26日~3月30日 11時~15時。担当の先生は毎日替わります)。

 今日は、「大日本茶道学会」の木下先生。
 (ホームページはこちら→大日本茶道学会茶道教室 好日庵
 (3/29追記:お茶席の様子が掲載されました

 お茶をはじめたばかりの頃からほんとにお世話になっており、ごあいさつにうかがうと
 「あらあ、まりもちゃん! よく来てくださったわねえ」と喜んでくださいます。 

 「ブログ、ときどき見てるわよお」とおっしゃるので、
 「このお菓子、載せてもいいですか?」とうかがったら、快くご了承くださいました。

 ふわっとした薯蕷饅頭。

 早蕨の焼印

 お饅頭なので割ってみると、

 断面が乱れるのはゆるして

 桃色と緑色があらわれて、

 「春だー、って感じでしょう?」

 おいしー。
 茨城県古河市の「おが和」というお菓子屋さんだそうです。

 おひなさまはしばらくの休みに入りましたが、春はまだまだこれから。

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2014年3月21日 (金)

ひなまつり特別期間・春まつり

 名古屋で会議のある家人に便乗して、2~3日旅行しようかと思ってましたが、
 宿が、全然とれない。
 連休だしお彼岸だし、でもって、結婚式が豪華だという名古屋。税金があがる前にやっちまおうということで、いっぱいになってるんじゃないだろーか。

 「で、今日の夜誰もいないの。おいしそうなお弁当買っていこうか?」
 「いいねえ!」と母。

 というわけで、雨の中、中野で研究会の後、
 新宿高島屋の地下をぐるぐる歩き回り、決定。

 1,890円
 美濃吉「春まつり」 (確か新宿高島屋限定)

 いろいろ見ましたが、乳と肉が入ってないのはめずらしい
 籠入り・二段。

 添加物が少ないといいんだけど、それはムリだよねえ

 「筍ご飯、煮物、出し巻玉子、焼サーモン、筍とふきの土佐煮、生麩田楽、焼き筍、海老湯葉揚、三色団子、その他おかず」。

 いーいねえ!

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 十数年前、金沢のおみやげで買って以来、ほぼ常備の「不室屋」、宝の麩。

 ずぶりと親指で穴をあけ、粉末だしを入れ、
 穴にお湯を注ぐと、

 宝の麩・ひとひら

 ぶじゅぐにゅると具が飛び出してきます。

 ビールとワインと
 箸休めに買ってみた、鶴岡「本長」の茄子からし漬がやたらにおいしく、

 ・・・おなかいっぱいになっちゃった。

 主菓子、もうムリ。
 (なんてこった、去年もそうだった!

 「お茶会ですか?」
 「明日までもちますよ」と声をかけてもらって、よかった。

 銘がわからなくなり、お店に電話しちゃった
 鶴屋吉信・右上から時計回りに「春の日」「春の風」「花筏」「都の春」

 去年より10日くらい遅い満開

 春分の日。晴れて風が強くて梅が満開。

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2014年3月18日 (火)

三代目桂やまと 真打昇進襲名披露宴(!)

 日曜日・上野公園

 日曜の上野は、もうお花見気分満々。

 「日本美術の祭典」残りのひとつ「特別展『世紀の日本画』」を観た後、目的はこちら。

 上野精養軒

 『才紫改め 三代目 桂やまと 真打昇進襲名披露宴』

 実は2~3年前まで、生で落語を聴いたことがなかったのです。

 才紫さん(当時)の御内儀が友人、という関係で最初に聴いたのは確か「ひなつば」。
 それからしばらく(今も)、穴の空いた硬貨を見るとくすりと笑っちゃう。

 愛嬌があって声がよくとおって表情がくるくる変わって、たのしーい気持ちになるので時折うかがうように。やけにおなかが空いた「阿武松」、おかみさんに友人が入ってるとにんまりした「芝浜」、等々、落語の中の人々と自分の感情がリンクして、あとからもじんわり楽しい。

 というくらいで、ぜーんぜん詳しくないし、足繁く通う、というほどでもないので、お招きがあったときはびっくり。

 「全然わからないんだけど、結婚披露宴みたいなものって考えればいい?」
 「それでお願いします」

 道行と手荷物を預け、3階にあがると受付は記帳の長い列。
 ごった返してエレベーターから降りられないくらい。
 あれテレビで観たことある人だ、とか、よく考えてみれば(考えなくても)、「真打昇進」「襲名披露」ってすごいことなのでした。

 ざっとテーブルを数えたところ、300人くらい。壮観。
 舞台には金屏風、まさに豪華結婚披露宴、の様相ですが、
 「本日の主役おふたりの入場です!」というところは、才賀師匠とやまと師匠。

 ご挨拶の後はシャンパンで乾杯。

 「なんというか、知り合いのいない結婚式に紛れ込んだみたいで」と、向かいの方に自己紹介がてら話しかけたら、
 「そおですよねえ・・・(中略)彼と飲んだこと、あります? ない? いやあ、すごく飲みますよ。おもしろいですよー。前飲んだときにね、(敢えて後略)」

 とおっしゃるその方も、たくさん飲む。周囲もすごい。「日本酒常温で」「ビール3本」「あ、こっちに赤ワイン」「シャンパン余ってますか?」

 落語好きって、のんべえが多いんだろうか。
 ウェイターのみなさんは、プチパニックに陥ってました。

 着々と飲み、着々とフランス料理を食べ、師匠方のご挨拶、獅子舞、BGM「宇宙戦艦ヤマト」での紙切り、「函館の女」にのせた師弟の踊り、大笑い。

 *撮った写真には、必ずどなたかが大写しになっていたので、当日の様子はご本人から
  twitter → https://twitter.com/katsurayamato
  blog → http://yamato3rd.com/?p=110

 「落語は人から人へ伝わって来たもんや。これからも伝えていかなあかん。お前もその流れの中におる」
 「人間も箸とおんなじや。研いで出てくるのは塗り重ねたもんだけや。一所懸命生きてさえおったら、悩んだことも、落ち込んだことも、綺麗な模様になって出てくる。お前のなりたいもんになれる」  (以上すべて、ただいまBS-hiで再放送中「ちりとてちん」より)。

 清水観音堂、だと思う

 感慨にふけりつつ、楽しく酔っぱらって帰宅。

 引き出物

 たっぷりいただいたおみやげ、

 手拭い

 の中の手拭い(ほんものだ!)。
 あーなるほど。「矢」が「的」に当たるで「やまと」なのね。 

 扇子

 いただいた扇子は
 お茶の扇子(裏千家女性用)と比べると、こんなに大きい。

 もったいなくて使えないので、

 構想7年「ちりとてちん」茶会で、なにかやろうっと。

 とは言え、まだまだ実現には時間がかかりそうなので、
 まずは、寄席の空気と、襲名披露のおめでたい雰囲気を、たっぷり味わってきます。
 (襲名披露の日程はこちら→ 「三代目 桂やまと真打昇進襲名披露興行一覧」)

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2014年3月15日 (土)

ひなまつり特別期間・帛紗でおひなさま

 

 庭の梅

 ようやく梅が咲いてきました。

 ただいま、七十二候の「桃始笑(ももはじめてさく)」。
 桃ねえ。そういえばまだ見ないなあ。

 平成18年御題帛紗「笑」(徳齋)
 「総荘り(*)のときなんかに、いいわよ」と教えていただいた、おひなさま。
 

 さばくときのように二つ折り
 さばくときのように、ワを右手前にして、

 手前にちょっと折る
 手前に少し折り(撮影のため、少し多めに折ってます)

 まず左
 まず左、

 そして右
 そして右と折り(つまりきものの衿合わせと同じ)、

 合わせた右をくぐらせる
 合わせた右をそのままくぐらせて、

 あら不思議
 そしたら、なんだか顔っぽい。

 加賀友禅 藤村建雄

 実際に載せてみてどうなるか、をやりたかったのですが、
 おひなさまを片付けないと、塗蓋の水指にたどり着けないことがわかりました。
 これはまた来年ってことで。

* 水つぎを持ち出して水をつぐと、水指の蓋が塗蓋のときは、腰の帛紗をとってさばき、右手で水指の蓋の手前にかざる。この帛紗のたたみ方は、趣向をこらして変わった形にたたむこともある。(「新独習シリーズ 裏千家茶の湯」p210 丸卓 薄茶点前の項より引用)

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2014年3月11日 (火)

国立歴史民俗博物館・歴史にみる震災

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 国立歴史民俗博物館・歴史にみる震災、の内覧会。 

 ほんとは少し、迷いました。 

 だってまだこわい。

 海沿いのことを考えると比べものにならないけど、
 でもほんとに怖かった。そしてまだ怖い。
 次はいつ来るのか、どうなるのか、どうするのか。

 でもたぶん、このよく揺れる土地に住む人々は同じことを思っていたわけで、
 じゃあ、なにをどのように記録したのかと、見たくなりました。

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 第1会場「第1章 東北の震災・津波」に入るとすぐ、

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 東日本大震災の津波波及シミュレーション画像。

 そしてその隣に、

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 貞観地震津波(869年)について記録がある「日本三大実録」 と、
 地層剥ぎ取り標本。

 「城下って書いてあっても、城のすぐ下のことなのか、城下町のことなのか、わからない。千と書いてあっても、本当にその数字なのか、それとも白髪三千丈のような誇張表現なのか。でもこうして地層と照らし合わせると、地震があったのは間違いないんです」(ギャラリートークより)

 入口近くのこのコーナーだけで、伝わるものがありました。
 地震が繰り返されてきたこと、
 そのたびに記録されてきたこと、
 でも記憶が薄れていくこと、
 各分野でばらばらに研究していては解明できないこと。

 以下、淡々と、地震とその記録が続きます。

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 1611年・慶長地震津波
 測量と金銀島探索に来て津波を目撃した、スペイン人の探検家・ビスカイノの記録も。

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 1896年・明治三陸津波
 

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 1933年・昭和三陸津波

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 1960年・チリ津波
 大船渡市の「罹災状況調」

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 「チリ津波の経験があるご夫婦が、東日本大震災では避難しなかった。チリのときに50㎝くらいでだいじょうぶだったから、ということなんです。なぜそれがわかったかというと、おふたりとも流されて、おひとりだけ助かったから、です。どうしても直近の大きさに左右されてしまう。過去の一番ひどい被災が的確に伝わるというわけではない」

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 第2会場は「第2章 近代の震災」。

に入る前に、パネルが2枚。左は東日本大震災による津波の被害。右は、

 「ハワイの津波被害です。国外の被害はまっ先に忘れてしまう。ここ千葉でも、犠牲者が出ていますが、どうしても被害の大きいところに目が行きがちです。被災地といっても何が目に入って何が目に入りにくいのか。被害というのは広がりもあれば多様性もある」

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 安政東海地震(1854.12) 死者2,000~3,000人
 安政南海地震(1854.12) 死者数千人

 「地震の年に黒船も来てるんです。激動というか、これだけ立て続けにいろんなことが起こったらどう思うのか・・・。ペリー来航、安政の地震、それだけ単独で考えていたらわからないことですね」

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 濃尾地震(1891.10) 死者7,273人

 そして、

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 関東地震(1923.9) 死者105,385人

 「赤い炎があちこちにあがってますでしょう。東京ばかりじゃなく、沼津や小田原、房総半島にも被害が及んでいるんです」。

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 左奥、分厚いのは「義捐金申込書類」。その右の分厚いのは「避難人名簿」。

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 左奥に「震災記念物募集」のポスター。「東京市」と書かれている中央は遭難死者氏名調査。

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 北但馬地震(1925.5) 死者428人
 北丹後地震(1927.3) 死者2,925人
 (中央に「嗚呼悲惨極まる 丹後大地震繪葉書(大特売金貳拾銭)」とある)。

 「東日本大震災の歌、なんてないでしょう。絵はがきも。今なら不謹慎とされるかもしれませんが、昔は伝達手段が限られていたんです。歌や絵は広がりやすい。何がいいと思い、何がいけないかを問い直すことにもなるかもしれません」。

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 東南海地震(1944.12) 死者1,223人
 南海地震(1946.12) 死者1,330人
 (右は「LIFE」 December 18,1944。戦争中で情報が入らなかったアメリカが、観測された地震波を掲載している(!))。

 政府が戦争遂行に悪影響を及ぼすと判断された事実は報道されなかった。

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 福井地震(1948.6) 死者3,769人
 (屏風は倒壊した丸岡城の再建に向けて奔走した、丸岡町長の回顧)。

 占領下で治安悪化をおさえ、また、台頭する共産主義をおさえるため、人々の動きに統制がかかった上、「戦災の後に震災、二度の記憶がごちゃごちゃになり、震災そのものの記憶が薄い」。

 「戦争中、占領下は報道統制もあって、地震そのものがあまり認識されなかった。そして戦後、たまたま、あまり大きな地震がなかった。阪神・淡路大震災までは。わたしたちは大きな地震の記憶が薄いまま、高度成長期を走り抜けてしまったのではないでしょうか」。

 図録所収の「近現代震災年表」には、1854年~2011年で24回、被害の大きい地震が載ってます。(載ってない地震でも、被害があります)。

 ひたすら地震の記録を見ていくので、
 ずーんと重たい気持ちになりますが、
 ふと気付けばどの時代の展示も、「記録を残す」「記憶を伝える」意識は共通なのでした。

 ほかに、

 とにかく地道に放射能データをとる「土壌スクリーニング・プロジェクト」。
 日常で使っていた、ありふれたものを救出する「文化財レスキュー活動」。それによって発見された貴重な衝立。
 宮城資料ネットの被災歴史史料保全活動。襖の下張りから歴史資料へ。

 といったコーナーも、ちょっとずつあります。

 前向きだの上向きだの7年後だの、
 平然と「なかったこと」にしてるんじゃないかと疑り深くなってますが、
 「非常に小さな地道な手間のかかる作業」は、あちこちでちゃんと続いています。

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2014年3月 6日 (木)

ひなまつり特別期間・花貝あわせ最中

 5個で735円

 「花貝あわせ最中」(たねや
 先月、渋谷東急で発見。すっかり気に入って、実はもう4袋目。

 「たねや」は日本橋三越でも渋谷東急でも、おつりがいつも新札。

 仮店舗営業中「はいばら」のおつりも新札だけど、
 そんなお店は数えるほどになりました。

 白1、桃2、緑2

 さて、
 ここの最中は皮と餡が別になっているので、

 失敗するとかなりくやしい

 自分で包みます。

 水野花映 作

 ただそれだけなのに、きれいにできると殊更嬉しい。

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2014年3月 3日 (月)

ひなまつり特別期間・長崎桃かすてら

 「この日!」と決めてひなの宴を催すのがなかなか難しいので、
 今年は、「隙をみて細かくいろいろ」催すことにして、
 旧暦のひな祭りまでを「ひなまつり特別期間」と、勝手に決定。

 第一弾。

 大きい

 浦和の伊勢丹で発見した「長崎 桃かすてら」。630円。

 びわゼリーのおいしい「茂木一○香」のだから、きっと間違いないでしょ。

 開けてみると、

 その割に安い

 なかなかに迫力のある大きさ。

 何人分なんだろう?
* 「涼しい所で保管して下さい」って書いてあるのに、あったかいところに置いてしまったため、ちょっとひしゃげてます。

 どうやって食べるのが適切なんだろーか。
 切り分けず、そのままふたりで端から食べることに。

 甘い。

 原材料名:卵、砂糖、小麦粉、水飴、白餡、もち粉、寒梅粉、澱粉、着色料(赤3、赤106、黄4、青1)

 下のカステラにはたぶん水飴も入っていて、
 桃はすり蜜、葉と枝(たぶん)は練切。

 おいしい、そして、
 甘い・・・。

 当初、抹茶の予定でしたが、
 抹茶一服じゃ、到底かなわない甘さなので、
 紅茶に変更。

 「はじめてみた」
 「甘いけどおいしい。おしゃれ」
 「桃の節句だけじゃなくて、お祝いにもいいねえ。桃って縁起いいんだもんね」

 紅茶三杯をぐいぐい飲むわたしをよそに、
 母はたいへん、喜んでます。

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