カテゴリー「資料・草人木」の27件の記事

2017年2月 5日 (日)

初釜シーズン終了(前礼・後礼で使うもの)

 立春を迎え、初釜シーズンも終了。
 (ほんとは、今くらいの日差しが「新春」の風情だけどねえ)。
 前礼・後礼の手紙(巻紙)には、今年もこれが活躍。

 巻紙セット

 巻紙。
 巻紙下敷き。
 開明の万年毛筆。
 書鎮作り講座で作った書鎮。

 まず、巻紙
 巻き方で、「おやっ」と思う方がいらっしゃるかも。

 「巻紙は表面(字を書く面)を外側にして巻いてあり、紙の継ぎ目(重なり目)は右側が上になっています。もし違っていたら、巻きなおしておきます」(「続・茶の湯の手紙文例集」(p24) 淡交社 2004) 

 巻紙

 つまり、こういうこと。
 左手に巻紙を持ち、右手に筆をもってさらさらと書く・・・となると、確かにこの形じゃないとね。
 でも。

 左前

 この巻紙は、紙の継ぎ目が、逆。
 見えにくいけど、左の紙が上になってます。
 さらに、どうも、内側の面が書きやすい。
 巻きなおすのもめんどうなので、そのままです。
 
 A4判で作った巻紙下敷き、なんと、今は販売されてるようです

 そして、かれこれ10年以上使ってる、開明の万年毛筆

 万年毛筆じゃなく、筆がいいってのはよっく承知してますが、
 インクカートリッジが残ってるのに文字がかすれるようになったので、穂先を水につけながら書いてみたところ・・・、墨の濃淡がついていい感じになりました。
 いっそこのままでいいかと思った矢先、出先で筆ペンを使う機会があり、案の定インクが出ずに使えず失敗。やはり、「筆ペン」は持ち歩いてこそ。

 穂先の手入れ中

 以前、メーカーに「手入れ不足か、買い替え時か」を訊いて教わった穂先の洗浄をしたら、元通りになりました。「長年ご使用になりますと、インキの通り道に少しづつインキのカスが付着していきます」ということです。

【穂先の洗浄】
 ・キャップ、尻軸、インキを外し、首軸(穂先)のみをぬるま湯(35~40度)に半日程つける。
 ・かすれ、乾燥の程度がひどい場合は、お湯をかえて数回繰り返す。

 巻紙押さえに最適な、書鎮作り講座で作った書鎮は、辞書を押さえるには、もう一回り大きくて重い方がいいかも。希望により、ときどき講座を開設しているとのことです。もうひとつ作るかどうか、思案中。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 8日 (日)

花びら餅の向き

【花びら餅】
 京都の名菓。古く「お歯固め」の儀式などに用いられた菱葩(ひしはなびら)を菓子化したもので、丸くのばした白餅に、小豆汁で赤く染め菱形にのばした餅を重ね、帛紗牛蒡を二本、味噌餡とともに包む。押鮎に見立てたもので、初釜に用いられる(鮎は年魚とも書き、古くより年始に用いられた)。(「新版 茶道大辞典」 淡交社 2010)

 さて。
 ここで毎年の疑問。
 どっちの向きだっけ?
 どっちが多いのかと、手元の本で調べてみました。

 鶴屋八幡製

 ・「明日への茶道入門」 千宗室編 (淡交社 1994 改訂2版) p26
 ・「NHK趣味悠々 和菓子まるごと大全集」(日本放送出版協会 2001) p106
 ・「NHK趣味悠々 茶の湯~裏千家~ はじめてみよう 茶の湯を」(日本放送出版協会 2002) p69
 ・「家庭画報特選 家庭画報が選ぶ和菓子435選 楽しむ・贈る・取り寄せる」(世界文化社 2005)p26
 ・「淡交ムック 茶の湯入門シリーズ 「お茶事」をしてみませんか」 小澤宗誠 著(淡交社 2004) p20

 432円(税込み)

 ・「茶道文化検定公式テキスト 1級・2級用 茶の湯をまなぶ本」 財)茶道文化振興財団 監修 (淡交社 2009) p224
 ・「裏千家 茶道文化検定公式テキスト 3級・4級用 茶の湯がわかる本」 財)茶道文化振興財団 監修 (淡交社 2009) p96
 ・「裏千家茶道」 千宗室 千玄室 監修 (財)今日庵 2004)p334
 ・「学校茶道 初級編」 千宗室 監修 (財)今日庵 2003)p70

 ねー迷うでしょう。

 もっとも、下の写真の向きで載っている本は、すべて、同じ独楽盆を使用しているため、おそらく同じ写真だと思われます。たぶん、多数派は上の写真。ざっと確認しただけですが、菓子屋のホームページに載ってたのもすべて曲線が下。

 ときどき、初釜の話題になったりして、「菓子屋としては、綴じ目が上になるのはありえない」「むかーし、間違えたまま本に載ってしまい、そのままになっている」なんていう話も聞きましたが、個人的には「まあ・・・、神様に差し上げる向きとか言い出すとキリがないし・・・、どっちでもいいんじゃない?」。

 だがしかし。特に子どもは生真面目なので「どっち?」と訊いてきます。えー。でも仕方ない。こう答えます。
 「押鮎、っていう魚を模してるということだから、ふくらみを下にしておくけど、でも、どちらかが間違いってことでもないから」。

 正解なんてわからないし、まして断言なんてできません。なぜなら。

 そう言うわたしがよく締めている帯、こうなってます。

 12か月の和菓子が描かれてます

 諸説ある年中行事とかしきたりに関して「絶対! こっちじゃないと駄目!」と息巻く人が苦手なので、まあ、それでいいかなあ、と思ってます。

*写真の花びら餅は「鶴屋八幡」製。「味噌と餅と牛蒡がばらばらで、あんまりおいしくない」と、あちこちのを食べて苦言を呈していた母が、「あらま。これはおいしい。一体感がある。いつまでもおいしい」と喜びました。ちなみに向きの問題を聞いてみたら、「こっち(多数派)が取りやすい」そうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月15日 (日)

特別展「真田丸」

 「赤髪の白雪姫」2ndシーズンの放送が3月で終わっちゃったので、毎週楽しみに観てるのはもう、「真田丸」しかない。
 「信長」だの「秀吉」だの「家康」だのは、もう飽き飽きしちゃって、最初は「まーた、戦国かい!」としか思わなかったけど、角度が変わると世界も全く変わるもんですねえ。

 というところに、「2016年NHK大河ドラマ特別展「真田丸」」の内覧会ご案内をいただいたら、一も二もなく参加します。

 S20160512_175142

 さて、江戸東京博物館

 S20160512_180204

 待ち時間表示があるってことは、既に相当人気らしい。

 入ってすぐ、赤いコーナー。

プロローグ 日本一の兵(ひのもといちのつわもの)

 S20160512_191120

 正面奥の肖像画が、「真田信繁画像」。

  「平服で、どちらかというと貧相なイメージですよね。でも武将がいつも甲冑を身に着けているわけではない。まずは日常生活があってこそ、です。そのあたりを感じ取っていただけたらと思います(以下、括弧内はギャラリートークによる)」。

 S20160512_191059

 中央、ヘルメットのようなものは、信繁の頭形兜(ずなりかぶと)。
  「あっさりしているでしょう。付属品もなくて。普通は兜というと、もっといろんな飾りがついてるものと思われていますが、その多くは勝利者のものなんですね。これが当時の信繁の状況なんです」。
  「真田信繁という人は、若いときほとんど出てきません。華々しく活躍したのは最後の二年間だけです。信繁の所用品は数少ないので、下の台を赤くしてます」

  ほんとだ。赤い。兜の台も、その隣の「六連銭文馬印」の下も赤い。

第1章「武田と真田」

 S20160512_190542

 「武田家にまつわる資料を展示しています。合戦の屏風もありますが、まずはこちらをご覧ください」

 S20160512_190602

 ぱっと見ると、その上の絵しかわからない。
  「長槍です。約5メートルあります。これをご覧になってから、合戦図を見ていただけると、よりリアルに感じていただけるのではないかと」
 物干し竿にしか見えない、こんな長いものを振り回してたんかい。
 刃の部分(穂先)をケース越しに測ってみたら、約7センチ。先はこんなに小さいのかねと思っていたら、図録に「残念なことに後世の簡易な穂先に替えられてはいるが」とありました。

第2章「第一次上田合戦から小田原合戦」
 「真田家が大名として独立する場面です」

 S20160512_190825

 古文書たっぷり。
 「勇ましそうなものよりも、考え方を伝えるものを展示しています」

 S20160512_190955

 そしてここにも赤い台。
  「最古の信繁の書状です。「弁」という幼名がわかります」

 S20160512_190915

 上杉景勝の具足も展示。 どうしてもさっきの、つるっとした兜と比べてしまう。

第3章「関ケ原合戦と真田」

 S20160512_185106

 「重要文化財(関ケ原合戦図屏風)を展示してありますが、まずは、こちらをご覧ください!」

 S20160512_185018

 長い!
  「関ケ原合戦絵巻、上下二巻です。5メートルあります。特注ケースを作ってもらいました。絵巻は時間軸で見て取ってもらえますから。こちらは小学生のお子さまに大好評で、じーっと眺めてますね。字も崩し字ではないので、はっきりご覧いただけると思います」

 下巻の頭(画面左手前)で「真田伊豆守信幸」「本多佐渡守正信」が進軍していくのをばっちり確認。
 (注:後期(5/24~6/19)は、「関ケ原合戦図絵巻」という、別の絵巻が展示されるようです)。

 S20160512_191350

 さりげなく「直江状」もあるし、

 S20160512_185159

 さりげなく「徳川秀忠所蔵の高麗茶碗」も。

 S20160512_191341

 そして、「遺骨より推定復元された」という石田三成画像がけっこう凛々しくて、
 その隣の「真田信之画像」(江戸時代)が老獪に見える。

第4章「真田家と桃山文化」

 S20160512_190111

 「ここはいわば、一休みのコーナーです。合戦から離れた日常生活、日常生活がある以上文化があるということを、そこはかとなく感じ取ってほしいです。・・・静かに重文も飾ってあります」 静かな重文は、展示時期によって異なりますが、小袖、胴服、屏風。

 S20160512_191751

 まあそれよりやっぱり、「あ、文琳茶入がある」「屈輪香合がある」と思っちゃいますが。

第5章「大坂冬の陣・夏の陣」

  「ここだけで、他の章の3つ分、あります。この展示の主役は、まず真田信繁その人。そして、彼が活躍した真田丸、大坂の陣です。九度山での生活から合戦が始まる前、そして大坂の陣がどういうものであったか俯瞰していただければ」

 S20160512_190243

 「まずは九度山での生活。湯釜なんかあって、まだ静かですね」
 左の赤は「真田信繁書状 蓮華定院宛」「真田信繁書状 左京宛」。
 説明書によると、「左京宛」には「この壺に焼酎を詰めてもらいたい。壺の口はよく締め、その上に紙をはっておいてください」なんて書いてある(!)

 S20160512_185533s

 いよいよ大坂夏の陣・冬の陣。

 S20160512_185558

 左に冬の陣。

 S20160512_185621

 右に夏の陣。

 S20160512_192118_2

 そして中央。
 「真田丸がどういう形だったのか、なるほど大坂城の東南にあったのだなと。大坂城の立地条件を、高低差5倍にしてビジュアル的に作成しました。南西の堀が深い、東南側が手薄、などがわかります。最新の研究による、かなりいいものになったと思ってます」。

  中央で上映されているビデオは「絶筆~書状にみる大坂の陣~(約2分)」。

 「冬の陣では、城はどこかすぐにわかります。右の夏の陣では、まあ城は北にありますが、野戦だったとわかります」

 「(展示してある屏風絵の)真ん中が爆発してますね。この頃は、盛んに大砲などがぶっぱなされる戦です。最初にあった、素朴な長槍ではなく、大砲が使われました」

 S20160512_192011

 「大砲(フランキ砲)の左にある盾、推定15キロの盾に空いている穴は、鉄砲の穴です」

 その右、 赤い台の上は「諸国古城之図 摂津真田丸」「僊台武鑑」「諸国古城之図 岡山御陣城」。

 S20160512_185911

 「ともに戦った、後藤又兵衛の甲冑(日月竜門蒔絵仏胴具足)もあります。あとは大坂諸将の所用品も」 。

 この写真の右に、冬の陣で初陣を飾った、徳川義直(15歳)の白旗と吹流(これまた縦に長い!)。
 「関ケ原以降に生まれた若武者にとっては、これが初陣だったわけです」

 待ちに待った戦でもあるわけね。わくわく、しちゃってたのね。

エピローグ「信繁から幸村へ」

 S20160512_192222

 黒本尊が化身となって家康を助けた、という「黒本尊縁起絵巻」。

「家康が戦って打ち破った人物ですから、信繁のことはあまり悪く書いてないんですね。むしろ、あっぱれな敵と書いた方が家康の評価が高まる」

 「あーおもしろかった!でももっと見たい!」けど、あと五分しかない。
 大急ぎでグッズ売り場。

 S20160512_192755

 赤い。

 S20160512_193019

 赤い。

 S20160512_192810

 ここも赤い!

 S20160516_133050

 「戦国なんて飽き飽きだ」とか言ってたくせに思わず、 「城郭名鑑クリアファイル」「戦国武将名鑑クリアファイル」「真田信繁花押入りチケットファイル」買っちゃいましたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月30日 (水)

実験・泡立て器で抹茶は点つのか?

 お茶でご一緒した方が、

 「学童の子どもたちに教えてるんだけど、かわいいのよー。お茶を点てるのに、泡立て器じゃだめですか? って訊いたりして」と話してらしたので、
 「あー、点たないですよねえ。茶筅じゃないと。昔、やりました」と、深く頷いたところ、
 「え? やったの?」
 「やりました。ドレッシング混ぜるような、ちっちゃいやつで。泡が、細かくならないんです」
 「へぇー」

 でも記録してない。
 というわけで、再現実験。

 道具は、これ。

 久しぶりの実験です

 泡立て器で傷むと困るので、器はシェラカップ(正確にはBE-PALの富士山カップ)を使用。

 泡立て器は、ドレッシング用を使用。(無印良品で見たら、ほぼ同じものを400円で売ってた)。
 茶筅は、正月におろして、かーなり使い込んだもの。(平均すると、一日一碗くらい点てている)。3,240円の高山茶筅。

 お茶は2グラム。新しい缶を開封して、ふるったもの。
 お湯は75cc、約80度。
 (以前調べた分量による)。

 抹茶は、伊藤久右衛門の「宇治みどり」

 なんせ、1グラム単位のはかりなので心許ない。念のため、シェラカップに入れた状態でも計測して、きっかり102グラム。お湯は計量カップで50と100の間。温度計で測り、80度になった時点で注いで、点てる。点つまでの時間を、ストップウォッチで計測。

 さて、結果。

 これくらいのはよくある、かも

 泡立て器。茶筅で振るようにしたり、泡立てのように斜めにしたりして、きっかり1分。
 思ったより、それなりに見える。

 やはり、早い。

 次に茶筅。ほぼ10秒で点ってしまったので、きっかり15秒。

 そんなに変わらないように見えるのがくやしい

 飲み比べ。
 泡立て器のはざらざらするというか、苦みが強いというか、つまり、おいしくない。
 先入観は、あるかもしれない。

 でも1分と15秒ってのは、比較として失敗。
 仕方ない、同じ条件で、泡立て器15秒。

 ぐえー、まずそう

 ・・・飲みたくない・・・。
 もうたっぷり飲んでるし、これ以上まずいのは、やだ。

 ということで、茶筅で15秒追加。

 茶筅でなくちゃ

 やっぱり、茶筅でないと、ねえ。

 ほんとは、もうひとつ持ち越している実験
 「お寿司屋さんの粉茶で、抹茶は立つのか??」もやりたいんだけど・・・。

 まずいお茶、やっぱり飲みたくない。少なくとも、当分は。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月31日 (月)

抹茶の銘・2015

 淡交の平成27年5月号に「全国のお茶・お詰名鑑」が掲載されていたので、
 以前作った「抹茶の銘」シリーズと照合してみようかなあと思ってしまったのです。

 ちょうど、一昨年作った茶道年表の「字が大きいバージョン」がほしいというご要望があり(エクセルをそのままA4で印刷すれば、字が大きくなります)、ついでにこっちも直しますよーと、軽い気持ちではじめた、ら、
 思いの外、めんどくさかった・・・。

 抹茶の銘(2015)をまとめたファイル(エクセル97-2003book形式)は、こちら→ (クリックするといきなりダウンロードします)
 (「tea-name2015.xls」をダウンロード)。

 主な変更点は以下のとおり。
 ・ 淡交平成27年5月号掲載の、岸松園、松濤園、清風園、竹茗堂、矢野園、松田桃香園を追加。
 ・ 淡交にもホームページにも掲載がなかった茶銘を削除(松北園の「厳の昔」「里の香」)。
 ・ ホームページで「××好」の記載がある茶銘を、気付いた範囲で追加。(柳桜園、伊藤園の大宗匠好)
 ・ リンク先をすべて見直し、必要に応じ変更。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月28日 (木)

そろそろ復活/展覧会/おまかせ録画

 本日診察の結果。
 「予防にもなるから、なくなるまで薬は飲んでね。じゃ、とりあえず、(通院しなくても)だいじょうぶかな」

 よしよし。

 そうこうしているうちに、12月1日までの展覧会。

 「乙御前」観たいよう、図録も売り切れだって!? 「光悦-桃山のクラシック」。

 「中世の古文書」氏のtwitterで説明を読んだら、ぜひもう一回ゆっくり行きたかった「中世の古文書 -機能と形-」。

 くーーーーーっ。

 いちおう、あと3日あるけど。あーあ。

 せめて、

 根津美術館の「井戸茶碗 戦国武将が憧れたうつわ」(~12/15)には間に合うか。

 それと、前売券(しかも紅茶付き)を買っておいた「ターナー展」(~12/18)も。

 もちろん、「クレラー=ミュラー美術館所蔵作品を中心に印象派を超えて―点描の画家たち」(~12/23)のスーラはなんとしても観たい!!
 

 歯がみしつつ、「日曜美術館」や「ぶらぶら美術・博物館」の録画鑑賞。

 これがけっこう忙しい。
 「イッピン」も「美の壺」も「歴史にドキリ」もたまってる。

 さらに、「おまかせ録画」で「茶道」と「茶の湯」を登録したため、思いがけないのがひっかかる。

◆「らんま1/2(デジタルリマスター版)」
 #97 「格闘茶道・家元立つ!」
 「正座に始まり、正座に終わる」という「大文字流」の家元が立つと災いが起こる! 話。どんだけ恐れられてるんだ、茶道家元。

 サスペンスドラマでも、
 家元周辺は疑われたり殺されたりしちゃう。

◆「山村美紗サスペンス 赤い霊柩車32 羅刹の三姉妹
 茶道家元の一族の集会で一番弟子が毒殺・・・骨肉の争い? 茶碗に浮かび上がる謎の文字が示す真犯人。

◆「山村美紗サスペンス 狩矢父娘シリーズ10 京都・お茶会殺人事件
 京都お茶会殺人事件 毒の茶碗が瞬間移動!? 華やかなセレブを狙う家元夫人の指先! 祇園祭に燃える女の殺意。

 話はタイトルどおりだけど、お茶会の場所が護国寺の月光殿だったり、越谷の花田苑だったりして、妙におもしろい。
 本棚に「淡交」があるなあ、と思ったら、茶道指導が「小澤宗誠」氏(裏千家茶道教授)だったり。

 チャプターとばし、早送り、早見(1.5倍速)を駆使し、お茶のところだけ止めると「亭主を務めるあなたがこの茶室をどんな空間にするかが、茶道の基本です」なんて台詞が入るもんだから、つい最後まで観ちゃう。

 そんなこんなで、録れてるのは観ないと消せなくなってしまった。

 「裏千家の茶道家のカナダ人、ランディー・チャネルさん」が「阿蘇山の雄大な自然とそこに息づく伝統文化に触れる」でひっかかった番組(Journeys in Japan)は、・・・全編英語・・・。
 お茶を点てている写真だけで終わりか??と思ったら、ちゃんと最後に盆略点前のシーンが入りました。がんばってよかった。

 そのほかにも
◆「歴史発見 城下町へ行こう! 会津若松
で、蒲生氏郷と千少庵の関係が取り上げられたり、

◆「京都雅旅 西陣織、茶道を通じて、京の雅に触れる
で、茶道資料館が出たり、老松紹介後にご主人(太田達 氏)が茶人として登場したり。

◆「極上の京都」では「京都ホテルオークラ」のティーラウンジで抹茶ラテを召し上がる鵬雲斎大宗匠。

 ふむふむ。

 テレビ神奈川のニュースが録れてるので何事かと思えば、「神奈川県立舞岡高校の茶道体験教室」で、「Mの字、川の字」と茶筅を振る実地指導。なるほどなるほど。(ほかの番組で「1と書いて、N」と指導してるのもあり、自分はどうだっけとやってみましたが、・・・全部やってるなあ・・・。)

 それにしても、

日経おとなのOFF 11月マンスリー特集「おとなの茶の湯」

のうち、第2回だけが、どーして録画できてないのか、謎。

 でもまあ、この番組は全部(!)コーナー毎にホームページ掲載されているので、よかったよかった。さっさと消去しないと、ハードディスクの残量が、やばいの。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年10月 7日 (月)

国立歴史民俗博物館・中世の古文書 -機能と形-

 国立歴史民俗博物館のページ
 こんなの発見。

■ブロガー20名様を「中世の古文書-機能と形-内覧会」に特別ご招待

 応募してみたら、なんと御招待状(メール)が届きました。
 そして本日。

 車でしか行ったことがなかったので、遠いイメージでしたが、三郷から1時間で行けちゃう(上野からも京成線で1時間)。そして、駅からもなんとなく遠いイメージなのに、徒歩約15分。バスもどんどんきて、2区間、160円。(交通案内は博物館のページにとても詳しく記載)。

 バスを降りると、すぐわかる

 真ん前に到着する「国立歴史民俗博物館」を経由するバスじゃなく、「国立博物館入口」で降りると5分くらい坂を登ります。

 いやほんと、けっこうな坂でした

 ・・・写真だととてもゆるやかに見えるのが悔しい。そこそこ、疲れます。

 到着したら、やけに人がいっぱい。あれ?と思ったら、報道関係者の内覧会も兼ねているのでした。そりゃそうだ。休館日に一般20名はあまりに贅沢だもんね。

 開始まで少し時間があったので、展示場前の体験コーナーを見学。

 折る手紙ももらえます
 「中世の手紙を折りたたんでみよう」

 花押も作れちゃいます
 「自分の花押(サイン)を書いてみよう」

 巻紙っぽく置くと中世に近くなるのかあ
 「中世の手紙を完成させよう」

 送る相手と自分の花押がマグネットになっていて、手紙のどこに置くか考えるコーナー。

 楽しくいじっていると、博物館の方がすすっと寄って、「どうぞ、置いてみてください」。

 日付の左下に花押、送る相手を一番最後に置くと、

 「中世の手紙に近いですね。ここで、花押を本文の右に持っていってみましょう。これは、将軍が出す形です。出す人によって、この位置が変わってきます。日付の下に花押があると、へりくだっているということを表しています」
 「つまり、花押がどこにあるかによって、差出人のえらさがわかるってことですか?」
 「そうそう、そうです」
 へえええ。
 「読めなくても大丈夫!というのが今回の展示のテーマです」

 確かに、形式をながめるだけで、十二分におもしろい。

 「何々家ごとの文書はあっても、総合的に俯瞰する展示はなかった。総合力では史上最強です」と、力強いご挨拶の後、ギャラリートーク開始。(以下、文中の数字は図録所収の番号に拠る。また、写真と文が一致していないものもある)。
 

---*---*---*---*---*---*---*---

 蔵人。めでたし!(枕草子)

 天皇のおっしゃったことを蔵人が書き留めたものです(7 口宣案)。
 天皇はあんまりご自分でお書きにはならないので、仰せになったことを他の人が書く。この紙、灰色ですよね。実は一度使った紙を漉き返して再利用してるんです。蔵人の作った文書はこの紙、宿に紙と書いて「宿紙(しゅくし)」、に書いてあります。別に天皇が環境保護をなさってたわけじゃなくて、紙がないのでリサイクルですね。

 日付の真下に名前を書かないといけない気がしてきた

 当展示の目玉のひとつ、「14 源頼朝の下文(くだしぶみ)」です。この位置、文書の右端に花押を書くのが、一番えらい態度です。神奈川県立歴史博物館から、特別にお願いして借りてきました。こちらでは11月4日までの展示ですので。
 これ(17 関東下知状)は、執権の書いたものですね。「下知如件」とあります。将軍の意を表しているのですが、名前を日付の下より一行ずらしてあります。なんかこう、いじましいというか。日付のすぐ下には書かない、えらいんだぞということをここで示してるわけですね。

 裏紙が国宝

 この屏風(高山寺文書(聖教紙背文書屏風))、一番右上は、義経の直筆です。実は、ふたつくらいしか残っていない。なぜでしょうか?これは簡単、朝敵になったからですね。名前まで変えられちゃって、義顕、といいますが。あちこちに書状もあったようですが、もう価値がないということで捨てられてしまった。
 で、これは、八条院暲子の家政に対して提出した手紙です。用が終わったので、裏紙として使われた。文書は要らないけど、紙は要る。線があるでしょう、ここで折って、袋とじノートにして、高山寺のお坊さんが書いていたわけです。ずいぶん後になって、明治くらいですが、なんか裏に書いてあるぞと見てみたら出てきたんです。

 なんか書いときゃいいって、そんな

 除目のときに作られるものです(145 大間書)が、最後のほうは幽霊、架空の人物ですね。役職があるといいぞということでお金を出して買ってたときもあったのですが、室町も終わりの頃になると、もう下の役職なんかいらないんです。でもまあ、あんまり空いてるのもみっともないと思ったのか、こんな名前があります。「大蔵積宝」(146 県召除目成文)。そしてこれがその年の除目です(147   県召除目聞書)。ここにもちゃんと「大蔵積宝」と名前がある、んですが、こんな人、いませんよね。書いてる人も楽しんでますね。

 この先でつまむ方が、難しそう

 京都御所からお借りしちゃいました。文杖(ふづえ・ぶんじょう)(148)です。
 下にあるのが、ちょっとかすれてて見づらいですが、菅原道真が文書を天に差し出しているところ(217 「北野縁起絵」)。これ、受け取ってもらえちゃうんですよね、それで道真は天満大自在天神になるわけです。

 これは(132 広橋兼綱譲状草案)、家督を譲るときの文書ですが、「家記・文書」、と最初に書いてあるのが大事です。貴族は毎年同じことをしてるから、あれ、親父のときどうやってたかな、なんて見返したりするので、記録が大事なんです。それでやたら日記を書くわけですけど。

 東は合理的。素敵。

 これは室町時代の高札です(184 細川政元制札 185 細川政元制札案)。三箇条で縦長、木目も縦。
 隣が信長のものです(186・187 織田信長制札)。内容は三箇条でまとめられるようなものじゃないんですけど、むりやり三箇条にしている。木目も縦。室町のを意識して、踏襲してるわけです。
 こちらが北条(188 北条家制札)。頓着しないので横長。合理的です。西と東では明らかに違います。

 切実で、ちょっとつらい

 これは、あんまりびっくりしたので、国文学研究資料館からお借りしてきました(190 日本軍旅団司令部青島民家宛禁制類掛軸)。第一次大戦時、現地で保護すべき家に貼った、貼紙です。「この家は我が軍に対して非常の好意をもって物資を調達し」「この家は大砲弾にて死人二人を出して」「徴発を厳禁す」などと書いてあります。中世の制札とほぼ同じ(191 畠山義就制札)なのは、偶然か、または軍の中に中世の制札について詳しい人がいたのか、わかりませんが。

 あまりに長くなるので、短めに。(もちろん、このほかにもいっぱいあるんだけど)。

・中世は役所が機能しないので、当事者同士で決めた。
・女性が書いた、かなの寄進状に拇印と爪印が押してあるものがある。とにかく身体を使ってサインするのが大事。
・戦争になると文書が飛び交う。恩賞がほしいわけで、ただでは戦わない。がんばったということを書き、承知したと書いてもらって、恩賞をもらう証拠にする。
・文書には人間関係が凝縮されている。
・秀吉の出す文書が、どんどんえらそうになってる。
・太閤秀吉と関白秀次が同じ形式の文書を出してる。足利尊氏、直義のときもそうだが、二頭体制崩壊の兆しが見える。
・尊氏直筆は、「名筆家が書いたのでは到底ない。なんというか、味わいのある字です」。
・本来、書状は2枚セット(「今でも、便箋を2枚にして出す方がいらっしゃるでしょ」)。でも紙がもったいないので、半分に折って2枚に見せかける。

 種類も細かく書いてあります
 
 第2会場(企画展示室B)には、料紙の展示もたくさん。

---*---*---*---*---*---*---*---

 ギャラリートークはしっかり聞きたい、でもけっこう人が多くてどうもよく見えない、写真も撮っていいと言われてるけどそんな暇はない、であっという間に終了。

 ギャラリートークは、まだまだ開催されます
 そして、タブレット端末・スマートフォンでも、解説が聞けるそうです(館内のみ)、が、イヤホンかヘッドホンが必要とのこと。

 ・・・なんか書いていたら、いっぱい見落とした気がしてきたなあ。もう1回、行こうかなあ。今度はもっとじっくり。

 レストランにも行きたい

 閉館日で開いてなかった、ミュージアムショップにも行きたいし。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年9月 9日 (月)

夏の宿題その2・補足(茶箱-続き)

 遊びにきた友人が「抹茶、飲みたい」ということで、
 「お点前いる? 茶箱やっちゃう?」と訊いたら、(ブログを読んでくれてます)
 「いい、いい、そんなたいへんだから」
 「いや全然たいへんじゃないけど」
 「茶箱って、どんなのかわかんないし。ほら、あのおおきいのしか知らないからさ」
 「・・・おおきい?」

 お茶屋さんの茶箱、主に衣類を入れるのに使う箱、と判明しました。
 確かに、あれも茶箱だ。大きい。

---*---*---*---*---*---*---*---

 前回(夏の宿題その2・茶箱)の続きです。(共通点の多い拝見については、長くなるので後日載せます、と前回書いた部分)。

【茶碗、棗の仕覆(雪、月、花、色紙)】

◎茶碗の仕覆の扱いは長緒に準じる。ただし、箱に入れる際、緒を片トンボに結び、右から左に二つ折り。大津袋は両耳を中に折り込み、同様に二つ折り。
◎棗の仕覆は打ち返さない。よって、茶碗の仕覆、棗の仕覆ともに、打留は勝手付を向いている。

【拝見ありの手続(雪、月、花、卯の花)】

△拝見を受けたら、元のように(茶碗に添えて出す前のように)古帛紗の位置を変える。(花のみ例外)
◎茶碗に湯を入れ茶筅通し、茶巾取って茶碗を拭く。
△茶巾、茶碗に入れて置き、茶筅を入れる(このとき花は古帛紗を盆の右横にかける)。
△建水、箱とひき(共通)、箱の向こうに古帛紗を広げる(花は不要)。
△茶碗は三手で古帛紗の上に置く(花は不要)。
◎蓋(卯の花、花)、または掛合(雪、月)は客付斜めから拝見に出す。
◎箱は瓶掛正面に戻ってから客付斜めにまわり、膝前に置いて正面をただし、蓋(掛合)下座に出す。  
△問答後、掛合は客付斜めで瓶掛前右方に置く(月、雪)。蓋は瓶掛正面に持ち回り、膝前に置く(卯の花、花)。
◎箱は客付斜めでとり、瓶掛正面にまわって勝手付に置く。(月、雪は掛合を取り込んだ位置のまま、箱をとる) 。
◎箱を置いたら振出しを蓋(掛合)の右に置く。
◎茶碗を取り込んだら古帛紗をすぐ二つ折りにする。

【拝見なしの手続(雪、月、花、卯の花)】

◎お仕舞いの挨拶後、元のように(茶碗に添えて出す前のように)古帛紗移動 。
◎振出しは、古帛紗の後(右膝横)に取り込む 。
△茶筅通しの後、茶筅を右手に持ったまま、茶筅筒を取って箱に入れる。(花は茶筅を元の位置にもどし、茶筅筒には入れない。月は茶筅を入れた茶筅筒を器据にもどす)。
◎建水に湯を捨て、茶碗を拭く。
△茶碗を置き、茶巾を取って茶巾筒を取り、箱に入れる。(花は茶巾を元の位置にもどし、茶巾筒には入れない。月は茶巾を入れた茶巾筒を器据にもどす)。
◎帛紗をさばき直し、茶杓を清めて元の位置にもどす。
◎帛紗を払って元の位置にもどし、建水、箱と引く。(花は箱を引いた後、蓋を取り、茶筅を茶筅筒に入れて箱に、茶巾を茶巾筒に入れて箱に入れる)。
△茶杓、棗、茶碗と仕覆に入れる。(卯の花は仕覆がないため不要)。 
◎茶碗を箱に入れたら、振出し入れる。(月は茶碗を入れる前に茶筅筒、茶巾筒と箱に入れる)。

---*---*---*---*---*---*---*---

 いちばんひっかかる(間違える)ポイントはここだ、と思ったところ。もうちょっと明快な区分けができるような、できないような。

【箱をすすめるタイミング】
◆箱、建水をすすめた後、茶筅筒から茶筅出す→卯の花、雪、月、和敬
 棗→古帛紗→箱→建水 清めてから茶筅、茶巾(卯の花)
 棗→古帛紗→茶碗→箱→建水 清めてから茶筅、茶巾(和敬)
 仕覆脱がせて→箱→建水 清めてから茶筅、茶巾(雪)
 仕覆脱がせて→筒置き→古帛紗(掛合)→箱→建水 清めてから茶巾、茶筅(月)

◆茶筅筒から茶筅を出した後、箱、建水をすすめる→花、色紙
 仕覆脱がせて→茶筅、茶巾→蓋して箱→建水 清める(花)
 仕覆脱がせて→茶巾、茶筅→蓋して籠→建水 清める(色紙)

---*---*---*---*---*---*---*---

 作業中に、飛び込んできた文章。

 茶箱は点前の規則ばかりで完成されているものではありません。基本さえしっかり頭に入っておれば、徒に末梢的な手続にとらわれることなく、思う存分この点法によって楽しむことができると思います。

 「定法無きが故に定法大法あり」

 絶えずこの言葉を念頭におかれるよう希望して止みません。

  出典:「裏千家茶道教本 点前編5 茶箱点前全伝」(淡交社/S39)

 だ、そうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 1日 (日)

夏の宿題その2(茶箱)

 「夏休み最後で」「宿題が」とラジオが言っております。

 やかましい。

 そもそもやる必要ないものを、無理して今日掲載することもないんだけど、
 そろそろやめとかないと、きりがない。

 夏の自由研究。「茶箱の点前手続における共通点を探す」。

 卯の花・雪・月・花・和敬・色紙。少なそうに見えて、そうでもない。
 似てるようで似てない。
 わかりそうでわかんない。
 あーもういい加減覚えたい。

 と思ってたところに、「点前手続を横断的に考える」という話を聞く機会があり、やってみた結果、・・・終わらないよう。

 ◎は全点前共通、△は概ね共通で作ってみましたが、見直すといろいろ出そうなので、違ってたら訂正します。

---*---*---*---*---*---*---*---

【茶箱の仕組み方】

◎振出し(茶箱左上)、茶筅筒(茶箱右上)、茶巾筒(筒も箱も茶碗と茶筅の間)の位置は一定。
◎茶碗と棗の間には必ず布がある。仕覆(月、雪、花、色紙)か、古帛紗(卯の花、和敬)。
△茶杓は茶碗の上に伏せておく(卯の花、花、和敬、色紙)。掛合がある場合は掛合に上向きで入れる(月・雪)。
◎帛紗は蓋を開けたら一番最初に取り出せるよう、草にさばいて入れる。

【点前手続の共通事項】

◎持ち出した茶箱は、まず瓶掛正面に置く。続いて建水を取りに行く。
△茶箱は勝手付に置く。ただし、盆に載っている茶箱は、いったん盆ごと右方向に置く(卯の花、花)。
△帛紗出したら草にさばき、右方向にある盆(蓋)を三の字に清める。清める際は、左側を少し持ち上げる。(色紙は帛紗に茶碗を置くため不要。月は帛紗を左手に握り込み、小羽根で清める)。
△茶杓出したら振出し出す。(色紙は茶巾箱、古帛紗を出してから。月は香を焚いてから)。
◎振出し→総礼→茶碗出す。
◎箱、建水すすめたら、居前を正し、棗、茶杓と清める。*花は「居前を正す」という記載なし。
◎最初に茶杓清めたら、そのまま鉄瓶の蓋閉める。
◎箱の中の茶筅筒、茶巾筒は左手で出し入れする。
 (器据の上の茶筅筒は、右手で取り置き(月のみ)。*例外:拝見なしで茶筅通しの後は左手で茶筅筒を取る(置くのは右手))
◎茶筅筒から茶筅を出したら茶碗にあずける。
◎茶筅を湯通ししている間に茶巾をたたみ直す。(茶巾筒(箱)から茶巾を出してすぐたたみ直すのは卯の花、色紙。他は茶巾筒から取り出すと一度置く)。
◎客から茶碗が戻ったら、添えた古帛紗は二つ折にして右膝横に仮置する。
◎茶碗→振出しと箱に入れる。
◎鉄瓶の蓋を切ったら帛紗を草にさばき直して箱に入れ、蓋をする。
◎茶箱は一度瓶掛正面においてから建水持って立つ。

(共通点の多い、卯の花、雪、月、花の拝見については、長くなるので後日載せます)。

---*---*---*---*---*---*---*---

参考文献:
1・「茶箱の点前と鑑賞」(淡交社)
2・「淡交テキスト新版 点前編17 茶箱 卯の花点前 和敬点前」(淡交社)
3・「淡交テキスト新版 点前編29 茶箱 色紙点前」(淡交社)
4・「裏千家茶道教本 点前編5 茶箱点前全伝」(淡交社)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年8月29日 (木)

夏の宿題その1(裏千家×樂家:歴代年表)

 7月末。
 裏千家歴代と樂家歴代の年表を見ながら、

 「これ、両方載ってて、歴史事項もついてるのを作りたいなあと思ってたんです」
 「あ、ほんと? じゃ作って!」
 「やってみます」

 このときは、そんなにめんどくさいと思わなかった。
 フリーソフトで年表作るのなんていっぱいあるだろうし、と。

 なかった。

 しかたない、エクセルでなんとかするかと思うまでほぼ10日。
 エクセルでどう作るかあちこちいじってだいたい3日。
 資料確認と作成に・・・考えたくない。

 っていうか、なんで、本によって年号が違うの!?
 鎌倉幕府が「1192(いいくに)つくろう(=頼朝、征夷大将軍になる)」から、「1185(いいはこ)つくろう(=守護・地頭の設置)」になってるのは知ってたけどさ、まあ別にどーでもいいけど、と思ったけどさ、
 紫衣事件が1627だったり(=紫衣着用の勅許無効)、1629だったり(=抗議した沢庵ら流刑)するのはなんなのよ。
 どっちでもいいけど、どっちかの年号に入れないと表ができないのっ。

 そんなこんなで、ただの間違いや見解の相違があるやもしれませんが、
 とりあえず、エクセル2007で作成しました。

 Shomework_2

 (↑ こんなのです(画像))。
 (ファイルはこちら ↓)。

 「chacalendar.xlsx」をダウンロード

 (A4等倍で12ページ。A4横、割付4ページに設定するとちーいさい字ですが、3枚で年表になる・・・筈です)

---*---*---*---*---*---*---*---

* 主要参考文献
 (1)茶道大事典(淡交社)
 (2)1級・2級用茶道文化検定公式テキスト(淡交社)
 (3)樂焼創成 樂ってなんだろう(淡交社)
 (4)樂焼四百年 樂歴代と十四代覚入展(日本経済新聞社:展覧会図録)
 (5)日本史年表・地図(吉川弘文館)
 (6)新版 カラー版新国語便覧(第一学習社)
* ◇は主に茶道に関すること、☆は主に文学に関すること。
* 「××~××まで」を表示するのが困難なため、複数年にわたるものは初年のみ記載。
* 裏千家歴代の年表は「茶道必携」(裏千家入門時のもの)に拠る。
* 没時の年齢記載があるものは記載に拠る。その他は生没年から推定。
* 樂歴代の年表は(3)、(4)に拠る。ただし、樂十四代覚入の没年齢は(4)に拠る。

| | コメント (3) | トラックバック (0)